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書いた記事数:2885 最後に更新した日:2018/12/15
この記事は2018.06.14 Thursdayに書かれたものです。

マッチドペアとして直すとは

修理をやっていて結構な確率で遭遇するのがこの言葉です。

 

『マッチドペアで直してください』

 

プラグインやデジタルメインのアウトボードが主流の時代の人たちにとっては然程難しい話には思えないのでしょうけども、これがアナログ機材やマイクロフォン、ビンテージ機材となると話は全く別の様相になってきます。

 

そもそもアナログの機材は構成されている部品がアナログであるが故にその性能もプラス/マイナスで許容差が認められています。合わないものを弾いて選別するので(残りの物は無駄になってしまうので)、その精度によって同じ部品でも値段が10倍〜100倍も珍しくありません。もちろん捨てたりはせず、次のランクの精度の製品として出荷することがほとんどですが、部品単位で精度を求めるととんでもないコストになるので、大抵の機材には調整箇所がありそれは所謂ボリュームであったり微調整用のゲインであったりする訳ですね。外に見える物ばかりでなく、内部で調整できるように小型の多回転ボリューム(トリムという)を搭載して、製品出荷前にそこを調整してゲインなどを合わせる事が出来ます。

 

ひとつの製品を作っている時、大抵は一度にある程度の数の作業を同時に行っている事が多いので、同時期に仕入れた部品は似たような性能や似たような特性を持っています。なのでロットの近い製品はおのずと音の傾向や雰囲気などがはからずとも似てくる訳です。

 

メーカーはその様な元々似ている性能の製品の中からさらにスペックの近いものを選び、さらにトリムなどで調整して複数台の製品の性能を合わせていきます。ここまで読んでお分かりかと思いますが、同じ性能にしようとして作っているのではなく、結果として似ているものを選び出し、さらに調整して合わせるという事をしています。

 

例えば、ステレオ2chの機材があったとしてその片方が壊れたとしましょう。修理としては壊れた方だけ直せば良いのですが、直した方は一部が新しい部品になります。当然壊れていない方とは経年劣化等が変わってきますから、音もずれていきます。大抵はちょっとわかるかどうかぐらいの違いですが、時々あまり無視出来ない違いが出る事があります。そうなるとどうすればいいのかというと、壊れていない方も同じ様に部品交換やキャリブレーションをしなくてはいけなくなります。

 

つまり最初にその製品が作られたときの状況と同じく、同じ箇所には同じ部品を同じ条件で取り付けていくのです。修理をしている方としては壊れていない物をわざわざ部品を交換して故障のリスクを抱えてまで作業はしたくないというのが本音ですが、マスタリング用の機材などではステレオで左右の音があまり違ってしまっては困ってしまいますよね。当然使う部品も同ロットで性能も音色も近いものを選ばないといけません。これは思っているよりも大変な作業でコストもかかります。

 

単純に部品代だけで考えても通常の2ch直すため修理が単純に2倍の量の部品が必要なのに対して、マッチドペアやステレオで直すというのは最低でも3~5倍の量を用意しないと近い値のものを探し出す事は出来ません。そしてそれらを選別する(専用測定器で測定する)という作業が加わります。さらに熱を帯びると特性も変わるので、エージングと言って時間をかけて測定する事をします。その時間もコストになってくるわけです

 

つまり「マッチドペアで直す」「ステレオで合わせて欲しい」というリクエストに応えるためにはこういった裏側の事情があるのですが、頼む方もこれらの事情を理解しておいた方が良いと思います。コストはまず倍では済みませんから。

 

更にマイクになると

さて、アウトボード機材はこういった事情がメインですが、厄介なのがマイクロフォンです。マイクは集音時にステレオで使う事も多く、わずかな違いも結構聞き取れるので簡単にはいきません。

 

では、メーカーはどうやってマッチペアを売り出しているのでしょうか?答えは簡単です。多くの製品の中からもっとも近い性能の物を選び出し、それをマッチドペアとして販売するのです。販売時ではそれで立派にマッチドペアとして成立します。

 

さて、本あるマイクのうち一本が故障した場合、どうすれば良いのでしょうか?基本的には上記のアウトボードと同じで、同じ箇所を同一ロットの部品で交換し、調整箇所があれば調整するのです。コンデンサーマイクなどはその性能や音色は殆どの場合ダイアフラムか、最初段にある増幅素子(FET であったり真空管であったり)で決まっています。故障していなくても両方とも換えなければ厳密にはマッチドペアになりません。もちろん聞いてあまり違いが気にならなければ良いのです。

 

ところが非常に困ったマイクロフォンがあります。この10数年でかなりメジャーになってきたリボンマイクです。メーカーもやはり出来上がったマイクの中から特性の近いものを選ぶという手法でマッチドペアを作っているのですが、リボンの場合はリボンそのものが壊れたり破けたりして故障するとリボンを張り直す(交換する)という作業をします。これが大変にデリケートな部品で2つの特性を合わせてリボンを張るという事は相当な神業になってしまうのです。とあるメーカーではマッチドペアでの修理を依頼すると最初からマッチドペアの新品を買うのとほぼ変わらない価格になってしまいます。

 

ROYERなどはリボンの部分がユニット化されている製品が多いので、マッチドペアのユニットを取り寄せて交換すればほぼマッチドペアとして復活しますが、ではそれ以外のメーカーやビンテージのRCAやコンデンサーでもビンテージの真空管式のノイマンなどはどうなるのでしょうか?

 

正直な話、大変です(苦笑)

 

部品が入手困難な上に長い時間の間に様々な修理を受けてきてそもそもの構成が変わってしまっている『ペア』が多く、ビンテージのリボンマイクはモーター部の磁力の劣化具合も異なるので相当な合わせ技を駆使しないと音を似せる事も出来ません。スイスの時計職人の様な作業でじっくりやって、それでもなんとか合って聞こえるかどうかです。上手くいけば相当いい感じにマッチドペアに出来ますが、元の状態によっては至難の技になります。

 

結論から言うと、アウトボードはまだなんとかなる余地があるとして、リボンマイクやビンテージの真空管モノの場合精一杯努力はするけれどもデジタル機材や工場で大量生産している機材のような揃い方で直す事はほぼ無理だと考えたほうが良いですね。そうは言ってもなんとか使えそうな範囲に頑張って直すのですが(苦笑)。ただ、簡単ではないのとコストも単純計算の2倍ではありませんという事なのです。

 

以前のシリーズはこちらから!

http://miyaji-parec.jugem.jp/?eid=1997

 

<著者紹介>



佐藤俊雄(さとう としお)

1991年TONEFLAKE 設立。
真空管機材をメインにビンテージ機材のメンテ、改造、リボンマイクの修理などをはじめる一方、独自のブランドの機材も製作する。ヨーロッパ在住の経歴を生かし米国以外のメーカーとも連携を深める。
現在宮地楽器MID所属の傍ら、独自の研究と商品開発も続ける異色の存在。

1920年代からの録音機材の収集や1950〜60年代のアナログレコーディング技術に詳しい。
メジャーレコード会社にての作家(アーティスト)およびエンジニアの活動経験もある。




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